森重堅(もりしげみつ)庭園

寛保年間(1741~1744)の作庭と伝えられています。
山麓に位置し、唯一の池泉庭園です。
園地は主屋の南西に細長く、東南隅に滝口を設け、池底は漆喰仕上げ、刈り込み背後にはスギが植栽されている。
古風を伝える土蔵の存在も併せて庭園の史的価値を高めています。森家は、亀甲城の西側麓にあり、領主に重臣として仕えた家柄で住居や土蔵は寛保初年(1741)に建てられたものです。曲線に富んだ池には、奇岩怪石を用いて近景の山や半島をあらわし、対岸には洞窟を表現した穴石を用いて水の流動を象徴しています。庭園入口の右隅にある石は、庭園の要となっており、雲の上の遠山を現しています。
【建物について】

ここの森家の祖先は、代々文人として名高い格式の高い家柄であったそうで、領主がよく遊びに来ていたそうです。
床下に石組みが見えますが、あれは曲者とか間者が中に入れないように、中の様子が伺えないような仕組みとなっています。
玄関のほうですが、領主が時々遊びに来ていた関係で、森家では、領主専用の玄関を作りました。右側が領主用、左側が家人用の玄関となっています。部屋の間取りや天井等にも独特の工夫があるそうです。
【土蔵の屋根について】

土蔵の屋根は固定されずに、シュロで作った縄で白壁に結んであります。これは、火災等の時屋根を瞬時に取り外し、中のものが蒸されないようにとのことだそうです。
土蔵は、粘土を固めて作ってあり、燃えにくいことと湿気が多くなれば吸収し、乾燥すれば湿気を発散して、土蔵内の湿度や温度を一定に保つという役割を持っていました。