平山亮一(ひらやまりょういち)庭園

天明元年(1781)の作庭と伝えられています。
石組みの一つもない大刈込み一式の庭園です。
イヌマキによる延々たる遠山は、その中に三つの高い峯を見せ、前面にはさつきの大刈込みが築山のようで、母ヶ岳を庭園に取り入れて極端に簡素化された借景園として、名園の名をほしいままにしています。
【入り口で】

全ての園が、入り口の石段は幅の広い石を使ってありますが、日本国内で見られるものとは異なり、沖縄によく見られる感じのものだそうです。
【入りながら】

この庭園も例のようにカギ型の入り口で、この家は悪魔よけのヒンプンは有りませんが、ヒンプンに相当する石垣が右側突き当りに置かれています。そして、玄関に行くまでに庭が眺められるということも、他の庭園と同じです。
【庭園で】

この庭園の一番の特色は、石組みが一つもないということです。
そして全部がサツキに覆われており、こういう庭園を大刈り込み式の庭園というそうですが、主に京都地方によく見られるもので、大和の慈光院、近江の大池寺が有名で、南国では非常に珍しい庭園だそうです。
また、刈り込みの前面に台形の切石を並べて、庭園を形作るという手法は、全国的にも珍しいもので花や盆栽等を乗せて鑑賞したり、和歌を読んだりしたものといわれていますが、やはり沖縄の首里城に石の据え方が共通したものがあるそうです。
大刈り込みは、桃山時代から江戸時代初期にかけて日本庭園に発生したと言われていますが、この庭園は後方に望まれる山(母が岳)を中心とした山並みを庭園に取り入れた借景園で、かなり平面的でやわらかく女性的な感じを受けます。
この長い石をくりぬいて水をはったものは何だと思いますか。
これは、馬の飼い葉桶ではありません。こういう長い石をくりぬいた水鉢は国内では珍しく、一説には、刀や槍の血のりを落とすためのものといわれています。当時は、太平の世の中ではあった訳ですが、戦の準備だけは怠らなかったことが伺えます。