震洋隊基地跡

聖ヶ浦には、第2次世界大戦末期に悪化する戦況のなか、昭和20年本土決戦に備え、海軍125震洋隊が配置されました。
震洋の由来は「太平洋を震撼させる」からといわれています。
出撃が行われる直前に終戦を迎え、幸いにも隊員約180名は無事にこの地を離れました。
「震洋艇」の構造は、ベニヤ張りのモーターボートにトラックのエンジンを積み、艇の先端部分には爆薬を載せたものでした。スピードは42km程と伝えられています。
敵の船めがけて隊員ごと体当たりするいわば人間兵器です。
鹿児島県内では、坊津、片浦、野間池、長崎鼻、喜入など18カ所、全国に114カ所、中国・台湾・フィリピンまで含めると146カ所に基地が作られました。